南極観測船「しらせ」最後の航海へ


2007年11月14日
晴海埠頭を出航する「しらせ」(クリックで拡大)

 2008年5月、南極観測の任務を終了した「しらせ」は日本に帰る。 「しらせ」に永遠の港は用意されるのだろうか?

 第4代目の破氷艦も「しらせ」と命名。輝かしい歴史を刻んだ「しらせ」は不要だというのだろうか?スクラップとなり、その存在すら消してしまうのか?

 世に問いたい、「しらせ」を救え!

牧島功

本文の抜粋版が『正論』2008年2月号に掲載されます。
ここに論文全部分をご紹介します。

『正論』 2008年2月号抜粋掲載論文 「 「しらせ」最後の航海に想う」 全文 >>

 
 

 南極観測船「しらせ」(11,600トン、品川隆艦長)が14日、第49次南極観測隊の支援に当たるため東京・晴海埠頭を出航した。老朽化に伴い帰国後の引退が決まっており、これが最後の航海となる。

 甲板には乗組員約170人のほか見送りの家族ら約6百人も乗艦。記念写真の撮影などをしながらしばしの別れを惜しんだ。品川艦長は「しらせ最後の航海です。最後までしっかり仕事をしてきます」とあいさつ。初めて南極に行く海上自衛隊員の安藤恭範さん(36)は一歳四カ月の長女を抱きながら「寂しいけどメールを楽しみに頑張ります」と話した。


関係者の見送りを受け、南極に向け出航する「しらせ」
東京晴海埠頭

 「しらせ」は「宗谷」「ふじ」に続く3代目の南極観測船として1982年に就航。厚さ1.5メートルの氷を割りながら航行できる世界有数の砕氷能力を持ち、83年以降、24回にわたり南極観測支援に参加。85年と98年には、氷に閉じ込められて立ち往生していたオーストラリアの観測船を救出したこともある。

 船体や装備機器の老朽化が深刻になり引退が決定。最後の任務として、空路でオーストラリアに先回りした観測隊員を乗せ、12月下旬に昭和基地に接岸する。




 2008年に退役する海上自衛隊の南極観測船「しらせ」 (品川隆艦長) に、県立三崎水産高校 (新井由紀男校長) =横須賀市長坂一丁目=の生徒らが24日、体験乗船した。同校は08年から海洋科学高校として再出発する予定で、ともに長年の歴史に幕を閉じる。

 横須賀から東京・晴海まで約四時間の船旅を楽しんだ生徒ら。11月からの「しらせ」最後の航海では、メッセージが入ったボトルを海に流してもらう。


「しらせ」に体験乗船した三崎水産高校の生徒ら(右)
海上自衛隊横須賀基地

 

 「しらせ」と同校を結びつけたのは、メッセージボトル。同校の生徒らが昨年、「しらせ」にメッセージを託して航海中に流してもらった。メッセージ入りボトルを海に流し、拾ってくれた人たちとの触れ合いや海の豊かさを学ぼうと、県内各地で行なわれた取り組みの一環だった。

 11月から来年4月までの第49次南極観測の航海でも、太平洋とインド洋、南極海の3カ所で流してもらう。県議会黒潮物語議員連盟の主催で、同校漁業生産科一年の39人が「しらせ」に乗船した体験も盛り込みながら、メッセージを作成する。

 体験乗船の出港を前に、新井校長は「 (08年から) 海洋環境などが学べる新校としてスタートするが、『しらせ』が行なってきたことはあこがれ」 などあいさつ。海上自衛隊横須賀基地を出港後は機関室などを見学し、生徒らは興味深げに見入っていた。