25年の長きにわたり海洋国家日本の威信とたゆまぬ研究の成果を蓄積してきた南極観測船「しらせ」。4月12日、第49次観測の激務に耐え、傷だらけの姿で東京・晴海に戻り、そして今静かに海自横須賀地方総監部の港で運命の時を待っている。「しらせ」をめぐってはさまざまな不可解な、考えさせられる事案が起きている。
まず、「しらせ」の船体は防衛省の所管だが、なぜ石破茂防衛相は「しらせ」の帰還式典に出席しなかったのか。それなのに石破氏はなぜ、新「しらせ」の命名式、進水式には出席したのか。
「しらせ」は最後の航海であることは自明。隊員に対する激励と「しらせ」の偉業に感謝の意を表することは防衛相の責務である。さらに、2代目「しらせ」の命名の経緯も不透明だ。公募第1位は「ゆきはら」だったはず。結果的に、一部の人たちに呼びかけて、順位の低かった「しらせ」が採用されてしまった。
初代南極観測船「宗谷」は船の科学館(東京)で雄姿を見ることができる。2代目の「ふじ」は名古屋港で一般に開放されている。「しらせ」には第二の人生が与えられることなく、廃船スクラップなのか。
今年、第50次の記念すべき南極観測に出航するための日本の船はない。「しらせ」の後継船は来年完工予定で、今年11月の出航には間に合わなかったのだ。このため、今年は外国船を借り受けることになった。
日本の将来は環境、資源、エネルギー、気象すべて海によって支配される。「しらせ」を救うこと、「しらせ」をたたえること、「しらせ」に次なる人生を付与することは日本の責務である。われわれは「しらせ」によって試されているのである。 |