米海軍のキティホークが事実上の母港とする横須賀港に原子力空母が配傭されることが米側から発表され、横須賀市と周辺自治体からの反発が強まっている。こうした中、県議会の牧島功議長が「戦後六十年が経過した今こそ、日本の未来について国民的な議論をすべき」という立場から九つの選択肢を提示する論文を産経新聞に寄せた。論文は次の通り。


 米海軍横須賀基地におけるキティホークの後継艦間題とトランスフォーメーションが同時に発表された。この作業の過程は、戦略国家アメリカの計算通りのシナリオであり、日本政府の対応の無策を一層、際立たせた。


キティホーク

 米海軍は、ドーラン大将の退役から横須賀基地司令官ジェイムス・ケリー少将の着任に至るまで、基地が存在する市の関係者に対する気配りは大変なものがあった。しかし日本政府は、知事や市長の再三の要請に耳を傾けることもせず、国の専決事項とばかり無視を決めこんだ。

 日米の地域に対するコミュニケーションの構築には雲泥の差があった。それは、発表後も依然として続いている。

  ケリー少将は、自らの説明責任の範囲を原子力の安全性一本に絞り込み、どのような要請にも積極的に対処する旨を再三繰り返し表明している。
  一方、政府は、相変わらず当該地に足を運ぶ意識はなく、時間の経過をひたすらじっと待っているようにしか見えない。

 政府は、防衛や安全保障に関しては、地方は関係ないと言うのだろうか?地方分権は言葉だけで絶対に実現させないという固い決意を持っているのだろうか。地方の声や署名や議会の決議など意に介さなくても良いと思っているのだろうか?

 しかし、キティホークの後継艦間題は、期限が二〇〇八年と決定しており、先送り不可能な事案であることは明白であり、既にニミッツ級の G ・ワシントンに決定との報道もあり、政府も地方も国民も真の議論と選択を迫られているのである。


後継艦と目されるジョージワシントン

 言葉を替えて述べるとすれば、日本のあるべき姿、安全保障、日米同盟すべてを含めた総合的な国の行方を議論するまたとない好機ととらえるべきなのである。

 臨時国会で騒然たる白熱の議論を多くの国民が望んでいることを政府は考えなければならない。確かに、財政、行革、郵政そして来年度予算、いずれも重要課題であることは否定しない。しかし、「国のかたち」を超えるものとも思えない。戦後六十年の還暦を迎えた今こそ、将来に憂いなき選択をしなければならないのである。

 私は、ここに九つの選択肢を用意した。国民はどのカテゴリーを選択するのか?政府はどのような選択を、なぜするのか。費用対効果も含め、論理的な、かつ科学的な説明をしなければならない責務がある。

1.

日米安保条約を白紙に戻し、すべての米軍基地を撤去する

2.

米軍の駐留は容認するが、空母の母港化は二〇〇八年をもって終結する

3.

二〇〇八年のキティホークの退役を延長し、引き続き横須賀の母港化を容認する ( 一種の先送り案であり、可能であってもすぐに同じ議論は必然となる )

4.

通常艦のレンタルを要請し、当面、米海軍と海上自衛隊が共同運用する。当然、米海軍経費は思いやり予算で日本が負担する

5.

通常艦を日本政府が購入し、リニューアル後に海上自衛隊が運用する

6.

政府は、米海軍の母港化を白紙とし、通常艦の空母を建造し海上自衛隊がこれを運用する

7.

共同発表どおり、二〇〇八年通常艦退役を認め、原子力空母の横須賀母港化を容認する

8.

米海軍の原子力空母は拒否するが、日本国が既存の原子力空母を購入し、海上自衛隊が運用する

9.

米海軍から購入するのではなく、日本政府が原子力空母を自ら建造する

 がそれである。

 他に選択肢は存在するかもしれないが、現実の間題として提起した。いずれの選択肢にもさまざまな問題との関連もあり、法の整備も必要になろう。さらには、憲法にも波及すると思われる。しかし、国のあるべき姿を確たるものにせず、憲法論議をしても意味がないとも言える。

 今、最も大切なことは、政府も国民も地に足をつけた真剣な議論と選択の中から合意形成すべきと断じたい。

平成17年11月24日(木曜日)産経新聞神奈川版掲載全文