ホクレア号はインドネシア、ミクロネシアの島々を訪れ、その原点を探り、航海を継続してきた。
数年前から日本への航海はテーマに挙げられていた。その理由として「古代船カヌー建造の技術は日本から学んだことが基本になっている」という発言があったことによる。
荒木汰久治は決意する。
| 日本の技術を評価し、更にその評価を検証し、ハワイに移民として渡り苦労の連続に耐え頑張ってきた人々の郷里を訪問し、交流することはハワイアンの成すべき活動の重要な一つであった。 |
 |
| 併せて日米の不幸な時代をしっかり見届け、更に平和への憧憬を確認するこうした航海にクルーとして乗船することが出来るなら絶対に乗りたいし、クルーの一員として日本人の誇りを彼らと共有したい。 |
荒木汰久治はハワイに渡り、半年にわたる訓練に参加する。古代舟「海人丸」 ( うみんちゅ丸 ) で航海した沖縄糸満から万博 (
愛知県 ) までの航海体験の評価は高く、ライフセイバーとして荒木汰久治の知名度もあった。
それでも訓練は厳しく、改めてクルーは家族であることを認識したと言う。
船長は親、クルーは兄弟!荒木は人間の絆こそ自然と対話する原点であることを心に刻むのであった。
|